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<title>ブログ</title>
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<title>感謝感激雨嵐</title>
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「乱射乱撃雨あられ」という表現を知っている方は、おそらく昭和中期以前に社会でご活躍されていた方々と想像します。この言葉、私自身も存じ上げませんでした。このブログを書くにあたって、標題の語源を調べていたところ、偶然知ることになりました。「乱射乱撃雨あられ」は明治時代、日露戦争期の軍歌の中で、敵軍からの弾丸が容赦なく飛んでくる状況を意味する歌詞の一部であったそうです。昭和中期から平成中期くらいに働き盛りを過ごした方々にとってなじみ深いのは、そこから派生した「感謝感激雨あられ」の方でしょうか。こちらは文字通り、とても感謝したいときに使われる慣用句です。分かりやすいですね。Z世代の方々にとっては、いずれの慣用句も？？？な感じでしょうか。今は何といっても更なる派生形、「感謝カンゲキ雨嵐」が最も市民権を得た慣用句といって間違いないでしょう。本日5月31日をもって、男性アイドルグループ「ARASHI」が活動を終了します。私はARASHIの直接のファンではありませんが、結成から26年、多くの方々がARASHIの歌に支えられ、励まされてきたことを想像すると、自然と「ありがとう」との思いが湧いてきます。「感謝カンゲキ雨嵐」はARASHIのデビュー4枚目のシングル曲名です。SmileAgainI’mSmileAgainSmileAgainI'mSmileAgainSoSoイイことなんてない方向オンチの情熱Live毎日aFool墓穴掘るFallだけど何かにあこがれていたい感動しない日々の中で不確かな希望がBelieveInLoveいつか靴底で踏みつけたFaithが君に出会って血を燃やす砕け散った気分ならためらわずに怒りをヤワな自分自身に向けるWowwowまるでひとりぼっちだと嘆くそばでガレキに咲いた花がユラユラ見てる誰かが誰かを支えて生きているんだ単純な真実が傷をいやしてくSmileAgainありがとうSmileAgain泣きながら生まれてきた僕たちはたぶんピンチに強いSmileAgain君がいてSmileAgainうれしいよ言わないけどはじめての深いいとおしさは嵐つらいときは甘えてと強く思う大事な人の愛がハートの包帯Wowwowウマクなんて生きれないそれは誇り助けてくれた君は同じ眼してる余裕をなくして知らずに傷つけたかい許して許されると人は素直だねSmileAgainありがとうSmileAgain何度でも立ち上がれる気がしてる僕の勇気は泉SmileAgainひとりではSmileAgainいられないとまどうほど切実な祈るような恋は嵐作詞戸沢暢美作曲馬飼野康二
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260528170009/</link>
<pubDate>Sun, 31 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>チャッピー</title>
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重大な意思決定を迫られたとき、現代人はどのようなプロセスで選択肢を選んでいくのでしょうか。「チャッピー」に代表されるような「AIに相談する」、とういう方も多いと思います。私自身も、単純な検索機能としてのみならず、道に迷った時の道しるべを求めてAIに相談をする、ということがあります。つい最近も対人関係の悩み相談をチャッピーに持ちかけました。チャッピーの回答は、さすが世界中で起こった膨大な出来事を、すべてデータとして持っていて、それらを極めてロジカルに分析した結果だ！と感動すら覚えます。ただ、これは持って生まれた「性分」なのでしょうか、私の意思決定の最終判断は相談を持ち掛ける前から「すでに決まっていた」ところに落ち着いてしまいます。チャッピーの回答は、あくまでも世の中の平均的な、合理的な、論理的な参考意見として参照するにとどめるのです。これからも、世の中一般の平均的思考からズレることの「勇気」、最適解と思われる提案に感じる「違和感」、膨大なデータから導かれた正論からの「飛躍」、おそらくこれが正解なんだろうな、と思われるAIの回答を無視する「狂気」、そして最終的に自身の「勘」に従って、私はこの方向でいくと「腹をくくる感性」は、私自身にしか宿っていない価値なのだと信じて道を選んでゆこうと思います。それが正しいか間違っているかのリスクは自分自身が背負うものと覚悟を決めて。
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260523090134/</link>
<pubDate>Sat, 23 May 2026 09:02:00 +0900</pubDate>
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<title>Compass over map</title>
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戦後の高度成長期後のほんの一時期の日本社会には、人生の「正解の地図」のようなものがあるように思えた時期がありました。できるだけ偏差値の高い学校に入り、優良に見える企業に就職し、結婚して二人の子供を持ち、郊外に一戸建ての家を買い…といった分かりやすいルートが提示されていました。まるで人生の目的地までの道順が最初から決まっているかのように。しかし実際の社会は地図通りに進むばかりでなく、むしろ、予定外の出来事や偶然の出会いによって、進む方向が大きく変わることのほうが多いのだと思います。そんなとき必要なのは、地図ではなくコンパスではないだろうか。コンパスとは、自分にとって大切な価値観や信念のことで、何をしてるときに心が動き、何を守りたいか。そうした内側の基準があれば、道に迷っても自分を見失うことはないのでしょう。もちろん、コンパスだけでは目的地に最短で到着できるわけではなく、遠回りや間違った道に入ることもあるでしょう。しかしその経験自体、世界観を広げ、最短距離では見えなかった景色や、出会えなかった人に出会える。失敗と思われたことが振り返ると人生の転機だった、と気づくことだってあるのだと思います。「地図よりコンパス」。現代は情報があふれ、他人の成功例をSNS等で簡単に目にすることができます。誰かの成功が「正しい地図」のように映ることもあります。しかし他人の地図は必ずしも自分には合わない。大切なのは、誰かの道順をなぞることでなく、自分のコンパスに従って進むことだと思います。先が見えず不安になるときでも、自分の心の向く方向さえ見失わなければ迷っても進み続けることができる。必要なのは、完璧な地図ではなく、自分だけのコンパスであると信じて進んでいきたいと思います。♪人生は冒険だ地図はないけれど宝物探そう信じてCompassofyourheart
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260517072235/</link>
<pubDate>Sun, 17 May 2026 00:25:00 +0900</pubDate>
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<title>テレサテン</title>
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新卒で入社した証券会社で最初に「上司」となった方は、業後のお酒の好きな方でした。私を含めた新人6名を引き連れて週5で飲みにいき、零時を過ぎるあたりには、決まってカラオケで締めるという日常でした。彼の十八番「テレサテン」の「つぐない」が流れると、ようやく長かった一日が終わるという、いまでは考えも及ばない、それはそれは酷い働き方の日々でした。私の数社目の転職先は、米国ボストンに本社を置く「マニュライフ・アセットマネジメント」という資産運用会社でした。同社の日本法人でRMとして勤務する中、自社の投資信託を多く販売していただいた銀行員をボストンに招く機会がありました。ボストンサイドでRMを務めたのが、台湾出身の「テレサ」さんでした。彼女は素晴らしいホスピタリティの持ち主で、英語を必ずしも十分に理解しない銀行員の方々とのディナーの席で、ほぼ言語的なやり取りなしに「接待」が完遂されていくのを目の当たりにしたとき、同じRMとして驚嘆した記憶があります。（具体的な話は、いつかこのブログで披露しようと思いますが、）彼女の名前の由来が、彼女のお父様が大好きだった「テレサテン」にある、というエピソードは、相応の年代の日本人のハートに間違いなく響くものでした。本日5月8日は、当時42歳という若さで亡くなった、テレサテンの命日です。今夜は久しぶりに「テレサテン」の「つぐない」を聴こう。若いころ、なぜ「愛を償えば別れになる」のか、全く理解できなかったが、今ならよくわかる。あれから30年、それだけ年を取ったということなのだろう。
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260424211130/</link>
<pubDate>Fri, 08 May 2026 10:11:00 +0900</pubDate>
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<title>インデックスファンド</title>
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指数連動型投資信託（インデックスファンド）について、どのようなファンドがお勧めかというお問い合わせをいただくことがありました。代表経歴にもあるように、私はサラリーマンとして、証券会社や資産運用会社の職歴が長く、「運用のプロ」としてご質問いただくこともありますが、現在はいわゆる「マーケット」からは一歩引いたところに当社の立ち位置があり、直接的なアドバイスは公式にはしておりません。ご質問の趣旨からは離れてしまいますが、投資信託の手数料といった観点から以下のような回答をさせていただいたので、このブログで共有します。某証券会社の投資開発部に属していた当時、毎日のように「過去の株価データ」を使って、様々なシミュレーションを行っていた時期がありました。題材は各自自由という、証券会社としては恵まれた？環境にいたとき、インデックスファンドを現物株で代用できないか、といったテーマを掲げてデータマイニングを繰り返したところ、「日経平均連動型」の投資信託と同様の効果を得るためには、「味の素」「日立」「関西電力」の現物株3銘柄だけで、日経平均連動型のインデックスファンドと相関係数0.75を超える値動きをするポートフォリオができました。相関係数0.75とは、株価チャートを2枚重ねて透かして見ると、目視ではほぼ同じ動きをしている、というほどの連動性をもつことになります。現物3銘柄を持てば、投資信託にかかる信託報酬はゼロで済みますし、配当収入も得られます。これはお客様の利益になる凄い発見だ、と思い研究成果を部内で公表したところ、あたり前のように「却下」されました。「お前の給料はどこから出てると思っているんだ！」と非国民扱いを受けたことを今でも忘れません。当時の証券会社は「自主廃業」によって消滅していますので、この話も「時効」と思い告白します。全ての投資信託が手数料ぼったくり商品だ、というつもりはありませんが、「売り手」にどのような収益をもたらす商品なのかをよく考えることは、投資先を検討するよりも前に必要なことなのかも知れません。来週のブログはお休みします。次回はGW明けに更新するので、また見に来てください！
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260425042030/</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>シンギュラリティと文化体験</title>
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根津神社につつじ鑑賞に行きました。根津神社は、谷中・根津・千駄木、いわゆる「谷根千」エリアの散策コースの中核スポットで、本殿を含む社殿群が重要文化財に指定されている歴史ある神社として、メディア等でも紹介されることの多い神社です。本日はつつじの開花状況も「満開」とあって、10時の段階でつつじ園に入るための行列は、表参道の鳥居のあたりまで続いていました。色のバリュエーションの多いつつじ鑑賞は、ひとときの「やすらぎ」を感じる貴重な時間となりました。一般的に「左脳」は論理・言語を、「右脳」は感性・空間を処理する傾向が強いといわれます。ビジネスの現場では、左脳を使った論理的分析力においては、もはや人間はAIに勝る要素は少なくなった、と言わざるを得ません。人間が勝負すべきは、右脳を使った「人間にしか創造できない価値」であるような気がします。右脳的な感性は、満開のつつじを鑑賞するような文化体験によって磨かれるのでしょう。もちろんインターネットを通じても花の鑑賞はできますし、コンサートのライブ配信や、美術館のバーチャルツアーも体験できます。しかし、初夏の陽気のもと蜜の匂いとともに観る花、他の観客の熱気や空気の振動を感じるライブハウスの感覚、絵画のスケール感を他の観覧客と共有しながら見る空間等、五感を総動員する体験は、人間の感性を直接刺激し、ものの見方に変化を与え、意思決定の際の「直観」を研ぎ澄ます礎になるのだと思います。これからも少しずつ文化体験への分散投資を継続し、感性を磨くことで、ビジネスジャッジの際のよい「ひらめき」が生まれることを期待したいと思います！
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260417182134/</link>
<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 18:24:00 +0900</pubDate>
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<title>鬼連チャン</title>
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お客様との会食の二次会でカラオケをする機会がありました。Sさんは声が自慢で、生で聴けて「ありがたい」、と思えるほどの歌声でした。機械が測定する点数では、95点を連発するものでしたが、実際には点数では「測りきれない」体験をさせていただきました。AIはシンギュラリティを超えたといわれます。受け手の状況に合わせて忖度もできるそうです。おそらく音楽のような極めて「人間的」と思われる領域においても、たとえば、MISIAさんが「アイノカタチ」のサビを唄うときに、微妙に音程を正規の楽譜から「ずらす」ようなことも、すでにAIはできるのでしょう。人間的なアドリブまで加え、究極に完成されたAIの歌に、ひとは心を揺さぶられるのでしょうか。一方でSさんの歌は、どこか未完成で（ご本人は風邪のせいで鼻が詰まっているとおっしゃっていました！）それでいて思わず聞き入ってしまうと同時に、深い哀愁も感じさせる。仮にSさんがAIロボットであったら決して受け取ることができなかったもの、それはどこからくるのか、考えてみました。生身の人間には、AIにはない、それぞれの「生き様」があることではないかと思います。Sさんは全身から「陽キャラ」を発するような方ですが、外からは知りえない、独自の「人生ストーリー」を持つのかもしれません。個々の人間が持つ「物語」を背景にすることで、聴き手の心に響く歌が完成するのではないか。また、AIは永遠に存在し続け、作り、歌い続けることができますが、人は誰しもが老い、そしていつか必ず消えてなくなります。終わりがあるからこそ、儚くも一瞬の「いま」が輝いて美しいのではないか。そう考えると、無性にまたSさんの歌声を聴きたくなります。Sさんありがとうございました。
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260410204547/</link>
<pubDate>Sat, 11 Apr 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>新年度スタート</title>
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新年度がスタートしました。4月が新年度という国は少なく、主な欧米の国々の新年度は9月ですし、中国の新年度も9月です。グローバルな基準に合わせるという観点から、過去には日本の年度を4月から9月に変えようとする動きもありましたが、様々な既得権益を巡る抵抗勢力に抗うことができすに失敗に終わっています。やはり桜の季節に新年度が始まることは、日本人のもつ季節感と相性がよいのでしょう。今年度もどうぞよろしくお願いします。
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260404062510/</link>
<pubDate>Sat, 04 Apr 2026 06:25:00 +0900</pubDate>
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<title>向き合う</title>
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お客様から意見を求められたときのスタンスとして「お客様と真摯に向き合う」ことを善しとしてきました。ところが最近本当にこれでよいのか、と思うことがありました。当たり前ですが、「Yes」を言うことがお客様に向き合うことにはなりません。特に自分の意見がない、あるいは定まらない、ときに「Yes」をいうと、それまでに積み上げた信頼関係は簡単に崩れます。自分の思いを相手の思いに「合わせる」ことは、ときに大切なことではありますが、相手に合わせるためだけの、自分がない「Yes」は、自ずと見透かされるものなのでしょう。これはビジネスパートナーだけでなく、あらゆる人間関係にも通じるものなのかもしれません。友人、親子、夫婦、恋人等々、向き合うべきは、相手ではなく、いつも自分自身であると。人生マスターでは間違いなく『あり得ない』私ですから、どの口が言っているのか、というお恥ずかしい話です。どうぞお手柔らかに。
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<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>開花宣言</title>
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東京で桜の開花宣言が出されました。私が社会人になりたての20代のころ、「パワハラ」や「アルハラ」などという洒落た言葉すらない時代、桜には「花見の席取り」と「上司から強要される酒」の記憶しかありませんでした。時を経ていつからか「桜」は、あと生きて何度見ることができるのだろうという、もの悲しさを伴う花になりました。ということで、今回のブログ、どうか「手抜きだ！」などと言わずにいてください。名もない花には名前を付けましょうこの世にひとつしかない冬の寒さに打ちひしがれないように誰かの声でまた起き上がれるように土の中で眠る命のかたまりアスファルト押しのけて会うたびにいつも会えない時の寂しさ分け合う二人太陽と月のようで実のならない花も蕾のまま散る花もあなたと誰かのこれからを春の風を浴びて見てる桜の花びら散るたびに届かぬ思いがまた一つ涙と笑顔に消されてくそしてまた大人になった追いかけるだけの悲しみは強く清らかな悲しみはいつまでも変わることの無い無くさないで君の中に咲くLove街の中見かけた君は寂しげに人ごみに紛れてたあの頃の澄んだ瞳の奥の輝き時の速さに汚されてしまわぬように何も話さないで言葉にならないはずさ流した涙は雨となり僕の傷いやす人はみな心の岸辺に手放したくない花があるそれはたくましい花じゃなく儚く揺れる一輪花花びらの数と同じだけ生きていく強さを感じる嵐吹く風に打たれてもやまない雨はないはずと桜の花びら散るたびに届かぬ思いがまた一つ涙と笑顔に消されてくそしてまた大人になった追いかけるだけの悲しみは強く清らかな悲しみはいつまでも変わることの無い君の中に僕の中に咲くLove名もない花には名前を付けましょうこの世に一つしかない冬の寒さに打ちひしがれないように誰かの声でまた起き上がれるように桜小渕健太郎・黒田俊介沁みるうたですね。手抜きしました。
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<link>https://k-iconsulting.jp/blog/detail/20260319201320/</link>
<pubDate>Thu, 19 Mar 2026 20:16:00 +0900</pubDate>
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